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2017年3月18日 (土)

ブラームス交響曲第1番と歓喜院聖天堂

ブラームス交響曲第1番。ハンス・フォン・ビューローはこの曲を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と呼んだ。着想から完成までに20年を超える歳月を要した労作。20代前半のブラームスはベートーヴェンの9つの交響曲を意識する余り筆が進まず、自らの技量を高めながら、ようやく完成に漕ぎ着けた時には40代になっていた。ベートーヴェンが主題とした「暗から明へ」を引き継ぎ、その20年間の暗から明への戦いをそのままに交響曲第1番の曲想へと反映させたようにも思える。深刻な戦いを幕開けとする第1楽章。暗闇の中で虎視眈々と明るみを目指す第2楽章。穏やかさと明るさを行き来しながら一歩踏み出そうとする第3楽章。ようやく辿り着いた明るみと達成感、そして歓喜の第4楽章。この最終楽章にはベートーヴェンの第九にある歓喜の歌に似た旋律が表に出た時に、誰しもが暗から明への到達を感じることができる。実は歓喜の歌の旋律は第3楽章の一部にも表れている。この部分は歓喜に至る前の憧れのように思われ、ブラームスはあえてこの2つの部分にベートーヴェンを引用し、自らの立ち位置をほのかに表明したと言うこともできる。私は時あるごとにブラームスのこの交響曲と共に、仕事や日常、絵画や哲学を超えて暗から明への経過を意識しているように思う。国宝「歓喜院聖天堂」の江戸時代半ばの創建時も、平成の大修理においても、困難な状況から完成に向けた努力はブラームス交響曲第1番に比喩できる。創建時に20年を超える歳月を要した聖天堂建立の奇跡と、平成時代となり保存修理の必要性が高まり、工事が実現し完了するまでの20年を超える歳月から見出された奇跡の再現は、ブラームスが挑んだ困難な戦いと偶然ながら似ている。また、ブラームスにとってのベートーヴェンのように、創建時の棟梁である林兵庫正清・正信や彫刻棟梁の石原吟八郎も日光東照宮などの霊廟建築を意識し、荘厳な構造と極彩色彫刻の完成へと至らしめた。暗から明へ、一つ一つの積み重ねにより到達する高み。人間が生きる時間は有限であるが、積み重ねた努力は生きたことの証となり、未来の人間の心を揺り動かす。

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