« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月25日 (月)

青を走る


Cimg1197


10kmレース、どうにか完走。
限界近くまで頑張ってくれた膝にダンケ。
そして、タブララーサの絵と向き合おう。

絵を描くことは、10kmレースに似ている。
私にとって短期集中型の作業は、マラソンほどに長くない。
けれども、短距離ではない。
構図を思考するスタートから、それを先ず鉛筆で紙に描く。
それをキャンバスの素地に描く。これで3km地点を越える。
そこから、油絵の具で塗って行く。
先ずインスピレーションの色で塗り、中間の5km地点を越える。
これから本当の苦しみが始まる。
絵を描く上での理想と現実の狭間にて打ちひしがれるのだ。
こう描きたいが、技術力が足りない。
こう走りたいが、持久力が足りないということと同じように。
8km。迷いに迷って色が濁ることもある。
そんな時、絵を描く人には、
その絵を観てくれるという応援者がいることを思い出す。
この絵は、観てくれる誰かの心を揺り動かすことができるのか。
最後の1km。理想と現実の妥協。あるいは調和。
ラストスパートで、私は自分にとって大切な青を加える。
一気呵成に青に想いを込める。
そして、私はフィニッシュラインを越える。
こうして自分の分身が、誕生する。


2013年3月15日 (金)

BROOKS PUREFLOW





10kmのレースが近付いている。
これで勝負することにした。
超えるべきは昨年の自分自身。
ランニングも青で攻める。



2013年3月11日 (月)

Lamentoso


二作目の『ミネルヴァの記憶 プロセルピナの薔薇』の巻末に記した言葉。
僕達はいつまでも一緒にいます。


写真: 二作目の『ミネルヴァの記憶 プロセルピナの薔薇』の巻末に記した言葉。僕達はいつまでも一緒にいます。


2013年3月 7日 (木)

パリ情景

36866294_3160409004.jpg


パリの凱旋門について、再び思う。

数年前の夏、ロンドンから足を伸ばしてパリに行った時、コンコルド広場から凱旋門へ、すなわちシャンゼリゼ通りを全て歩いた。この経験はかなり意味あるもので、花の都を体感するには最適のコースかも知れない。実は、この行路は、偶然性によるもの。

セーヌ南岸からコンコルド橋を渡ると、そこに広がるのはコンコルド広場。そこに立つと、東西に二つの景色が広がる。東にはルーブルのガラスのピラミッド。西には凱旋門。私はルーブルを目指そうとした。対して、同行者は凱旋門を目指そうとした。

その時、雨が降り始めた。そして簡単に話し合い、凱旋門の方角へ、シャンゼリゼ通りへ進むことにした。そして間も無く、雨が止み、広がる明るい世界。もし、あの時、ルーブルの方角へ進んでいたのなら雨は降り続けていたのだろうか。

数時間前、凱旋門からコンコルド広場の方角を眺めた時、丘の頂上にいることを感じ、世界の中心とはここではないかと思った。しかし、その時は、丘の頂上を目指す冒険者のように思えた。

頂点から辺りを見渡すような優越感というものもあるのだろう。しかし、頂点を目指そうとする時の不安と隣り合わせの高揚感も確かにある。その先に何があるのだろうという希望は、確かにその行路にあった。ただし、そこにあるのは凱旋門があるという事実。その先には凱旋門があるということを知りながら、登り続ける高らかな精神。

私はそこにシャンゼリゼ通りの真髄を見る。


2013年3月 2日 (土)

絹本著色阿弥陀聖衆来迎図


Amidashojyu1a

884907_434184369993010_322498407_o


 「絹本著色阿弥陀聖衆来迎図」
昨年の歓喜院聖天堂の国宝指定に引き続き、ここ数カ月を掛けて、
文化財の希望と向き合う仕事を重ねてきました。
絵画の価値を再認識していく中で、
過去、現在、未来という時の流れを強く感じました。
そこにある奇跡や運命という言葉と共に、
これからも様々な希望と向き合っていきたいと思います。


  「絹本著色阿弥陀聖衆来迎図」は、浄土図と来迎図を組み合わせた特殊な構成を示す作品であり、両面上部から浄土図を描き、正面向きの阿弥陀如来と聖衆の来迎を表し、最下段には宝地段が描かれ、その左右に中条常光夫妻と伝えられる男女の姿が描かれています。鎌倉時代後期の特殊な形式の浄土教絵画として貴重であると評価されました。


 埼玉新聞の一面に「絹本著色阿弥陀聖衆来迎図」の重文指定についての記事が掲載されました。その他、朝日、読売、毎日、産経、東京新聞において詳しく掲載されました。ここ数日の取材対応の仕事が「市教委によると」という表現で記事として残ることは有り難いことで、記者の皆さんに感謝申し上げます。埼玉新聞では文化財保護係が文化財保護課と誤って記載されていましたが、重文昇格と併せて係が課に昇格したと、それはそれで御愛嬌だと。歓喜院聖天堂から阿弥陀聖衆来迎図に繋がった希望の糸を大切にしていきたいと思います。



« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ